2011年11月23日
他人の体験や感覚は、あくまでもその人の体験や感覚であるということ
私にとって調和とは、静かで平安、穏やかな幸せという感覚ですが、
人によってはワクワクだったり、大きな喜びが押し寄せてきた、など、
体験者の数だけ、感覚はさまざまなようです。
なので、「認識は少しずつ訪れるものだ」と過去記事に書きましたが、
もしかしたら一気に認識がひっくり返る人もいるかもしれません。
そこは十人十色だと思います。また、調和の感覚も、ワクワクや喜びとは
ちょっと違うように感じられても、それはあなたの感覚なので、不安に
思ったり、心配する必要は無いのです。
また、感覚は日によって違うように感じられるときもあります。
なぜなら、本当の自分には全てのものが含まれており、無限の可能性が
秘められているので、感覚も無限の可能性があるからです。
そういうわけで、自分の体験や感覚を、まずはいつでも大切にしていきましょう。
人によってはワクワクだったり、大きな喜びが押し寄せてきた、など、
体験者の数だけ、感覚はさまざまなようです。
なので、「認識は少しずつ訪れるものだ」と過去記事に書きましたが、
もしかしたら一気に認識がひっくり返る人もいるかもしれません。
そこは十人十色だと思います。また、調和の感覚も、ワクワクや喜びとは
ちょっと違うように感じられても、それはあなたの感覚なので、不安に
思ったり、心配する必要は無いのです。
また、感覚は日によって違うように感じられるときもあります。
なぜなら、本当の自分には全てのものが含まれており、無限の可能性が
秘められているので、感覚も無限の可能性があるからです。
そういうわけで、自分の体験や感覚を、まずはいつでも大切にしていきましょう。
認識の変化は少しずつなので、あせらないこと
認識の変化やさまざまな気づきは、急にいろいろなことがわかるときも
ありますが、後から振り返るとわかりますが、本当に少しずつです。
階段を一歩ずつ上がっていく日々のなか、時々、2〜3段を一気に
飛び越すときもある、ということです。2〜3段を一気に大きく駆け
上がったと思うときでも、後から振り返ると、ほんの少しだったのだなと
感じます。
これまで長年積み重ねてきた習慣を変えようとすると、意外に大きく戸惑い、
そして、内面で激しい抵抗が起こるものです。
そのため、【「調和する」と認識が大きく変わる】の記事でもふれましたが、
戸惑いと確信を何度も味わいながら、少しずつ変化していきます。
一度認識が変わる体感を味わうと、その後エゴに巻き込まれる日々が続いた
としても、ちゃんとそのうち認識を変えて過ごせるようになるので、
あせらないことがとても大切です。
ありますが、後から振り返るとわかりますが、本当に少しずつです。
階段を一歩ずつ上がっていく日々のなか、時々、2〜3段を一気に
飛び越すときもある、ということです。2〜3段を一気に大きく駆け
上がったと思うときでも、後から振り返ると、ほんの少しだったのだなと
感じます。
これまで長年積み重ねてきた習慣を変えようとすると、意外に大きく戸惑い、
そして、内面で激しい抵抗が起こるものです。
そのため、【「調和する」と認識が大きく変わる】の記事でもふれましたが、
戸惑いと確信を何度も味わいながら、少しずつ変化していきます。
一度認識が変わる体感を味わうと、その後エゴに巻き込まれる日々が続いた
としても、ちゃんとそのうち認識を変えて過ごせるようになるので、
あせらないことがとても大切です。
「調和する」と認識が大きく変わる
調和した状態で過ごしていると、これまでの自分が大切にしてきた
思考や感情、現実に起きていることなどが、あまり重要なものでは
ないように感じるようになります。
今まで精一杯力をこめてつかんでいたものが、実体の無い、はかない
もののように感じられるようになります。少しずつなので最初はあまり
気づきませんが、あるときふと、
「何かよくわからないけど、今までと何か違うように感じる」と思えてきます。
そして、自動的にいろいろなことが、おさまるべきところにおさまるように
感じられることが増えてきたり、努力無しにうまくいくことが増えてくる
ようになります。
そうなると、「今まで自分が大切にしてきたことは、実はそんなに大切な
ものでもなかったのかもしれない。そして、自分がこれまで意識して
こなかったことこそが、本当に大切なものなのかもしれない」というふうに
認識が大きく変わります。
あまりにも大きな変化なので、戸惑いと確信を何度も味わいながら、
少しずつ変化していきます。
思考や感情、現実に起きていることなどが、あまり重要なものでは
ないように感じるようになります。
今まで精一杯力をこめてつかんでいたものが、実体の無い、はかない
もののように感じられるようになります。少しずつなので最初はあまり
気づきませんが、あるときふと、
「何かよくわからないけど、今までと何か違うように感じる」と思えてきます。
そして、自動的にいろいろなことが、おさまるべきところにおさまるように
感じられることが増えてきたり、努力無しにうまくいくことが増えてくる
ようになります。
そうなると、「今まで自分が大切にしてきたことは、実はそんなに大切な
ものでもなかったのかもしれない。そして、自分がこれまで意識して
こなかったことこそが、本当に大切なものなのかもしれない」というふうに
認識が大きく変わります。
あまりにも大きな変化なので、戸惑いと確信を何度も味わいながら、
少しずつ変化していきます。
2011年11月22日
「調和する」ことが難しいときは
【「調和する」とは具体的にどういうことなのか】の記事にあげた内容は
どれも全て難しく感じるかもしれません。
これまで長年積み重ねてきた習慣として、「そうせずにはいられない」
からです。どうしてそうせずにはいられないのか。
それは、エゴが心の中で暴れまくっているのが習慣になっているからです。
常に、いろんな思考や感情に突き動かされているからです。
エゴは、「〜する」ために存在しています。なので、「調和する」の具体例の
ように、「〜しないでいる」わけにはいかないのです。
「〜しないでいる」ことがとても苦手なので、常に「〜する」ように、
心の中で暴れまわります。
でも、これは習慣なので、続けるうちにエゴはだんだん穏やかになっていきます。
エゴが完全に無くなることはありませんが、エゴは確実に穏やかになります。
すると、心の中でエゴが暴れなくなるので、内面が穏やかで平和になります。
心の中に、幸せで穏やかなスペースが生まれ、いつまでもその状態を楽しめる
ようになるのです。
どれも全て難しく感じるかもしれません。
これまで長年積み重ねてきた習慣として、「そうせずにはいられない」
からです。どうしてそうせずにはいられないのか。
それは、エゴが心の中で暴れまくっているのが習慣になっているからです。
常に、いろんな思考や感情に突き動かされているからです。
エゴは、「〜する」ために存在しています。なので、「調和する」の具体例の
ように、「〜しないでいる」わけにはいかないのです。
「〜しないでいる」ことがとても苦手なので、常に「〜する」ように、
心の中で暴れまわります。
でも、これは習慣なので、続けるうちにエゴはだんだん穏やかになっていきます。
エゴが完全に無くなることはありませんが、エゴは確実に穏やかになります。
すると、心の中でエゴが暴れなくなるので、内面が穏やかで平和になります。
心の中に、幸せで穏やかなスペースが生まれ、いつまでもその状態を楽しめる
ようになるのです。
「調和する」とは具体的にどういうことなのか
「調和する」を具体的に言うと、たとえば、わからないことを無理にわかろうとしないこと。
必要以上にがんばらないこと。あせらないこと。過剰に期待しないこと。
終わりの無い思考や感情に巻き込まれた状態を持続させないこと。
感情が上がったり下がったりの起伏が大きい状態にならないこと。
一生懸命行動しないこと。一生懸命考えないこと。自分を犠牲にしないこと。
これらをひと言でまとめると、「自分をいつも幸せな状態にすること」です。
幸せでない状況のときは、少しでも自分の気持ちがやわらぐことをするようにします。
これを積み重ねると、穏やかで幸せな内面が現実にも反映されるようになり、
いつの間にか幸せな毎日を過ごせるようになります。
必要以上にがんばらないこと。あせらないこと。過剰に期待しないこと。
終わりの無い思考や感情に巻き込まれた状態を持続させないこと。
感情が上がったり下がったりの起伏が大きい状態にならないこと。
一生懸命行動しないこと。一生懸命考えないこと。自分を犠牲にしないこと。
これらをひと言でまとめると、「自分をいつも幸せな状態にすること」です。
幸せでない状況のときは、少しでも自分の気持ちがやわらぐことをするようにします。
これを積み重ねると、穏やかで幸せな内面が現実にも反映されるようになり、
いつの間にか幸せな毎日を過ごせるようになります。

